ジコカイジ

self-disclosure‐‐‐乳がんのこと、仕事のこと、生き方のことを書いていくchisa/千祥のブログ。

がんサバイバーとしてのランス・アームストロング

 

 

輝かしいがんサバイバーとしてのランス・アームストロング

 

私は2001年に左乳房のがんになったのち、がんサバイバーであることを隠してきたので、がんであることをカミングアウトしている人にすごく興味があった。興味というより羨望、だったかもしれない。

中でも、アメリカ人のロードレーサーランス・アームストロングの著書「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」を読んでからは、私にとって彼の存在は特別なものだった。

  

困難な幼少期、ロードレーサーとして順調に思われたときのがん体験、そしてツール・ド・フランスでの7連覇の偉業を達成したランス。不屈の精神でがんを克服し、栄光をつかんだ男の波乱万丈な物語は、がんになったこと、サバイバーであることを忘れさせるような強烈なカタルシスがあり、私もこうありたいと思わせた。

 

リブストロング財団を立ち上げ、がん研究のため、また患者やサバイバーたちへの支援活動など、まさにがんサバイバーの著名人としてのその活動も、同じサバイバーとしてとても晴れやかな気分にさせた。

 

ところが、あのドーピング事件だ。

ランス・アームストロングのドーピング問題 - Wikipedia

 

そして今、ランスとUSポスタル時代のチームメイトだったタイラー・ハミルトンの著書「シークレット・レース」を読んでいる。

 

シークレット・レース (小学館文庫)

シークレット・レース (小学館文庫)

 

 

文庫本で550頁ほどある大著なのだが、どんどん引き込まれて読めてしまう。タイラー・ハミルトンがランスと出会いと決別、なぜ彼らがドーピングにハマっていったのか、チーム、そして選手個人がどのようなドーピングをし、どのように隠蔽していたのかが、詳細に書かれている。

 

ランスとタイラー、彼らの著書の大きな違い

 

ランスの「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」と、タイラーの「シークレット・レース」は、非常に対照的な内容である。ツール・ド・フランスを異なる視点で読むという試みだ。正直、がんサバイバーとしては少々複雑な気分になる。ランス・アームストロングという人物の表と裏、光と闇を、読み比べて知ることになるのだ。

 

「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」はランスの精巣がん発覚から、ロードレースに復帰し、USポスタルのリーダーとして、1999年に最初の優勝を飾るまでを描く。そしてリブストロング財団での取り組みについてが感動的に書かれている。

 

「シークレット・レース」は、タイラーがロードレースでのキャリアを歩み始め、ランスとの出会い、1999年にUSポスタルドーピンがロードレースの本場の欧州で勝利をつかむためにドーピングに手を染め、どのような手口で行われたか、そしてドーピングが露見したタイラーの選手生命が尽き、その後、はからずもランスのドーピング疑惑を立証するための攻防とその終焉までが描かれる。

 

その内容を非常にビビッドにしているのは、ランス・アームストロングのドーピングの実態と言動の数々だ。ランス・アームストロングが財力を駆使してドーピングをし続け、チーム内および当時のロードレース界に君臨し、自身のドーピング疑惑を隠蔽しようとするばかりでなく、ライバルを容赦なく陥れていく様子は、サイコパスのようだ。とにかく「シークレット・レース」に描かれるランスの偏った世界観には驚かされる。些細なことまで勝つか負けるかの二元論で見ようとする。チーム内での優越性を誇示すること、それに従わせること、そのために手段を択ばないことの徹底ぶりはすごい。

 

ドーピングは勝利への最後の1ピース

 

「シークレット・レース」を読んでみて知ったのだが、ランスは競技時代の最初期にはすでにドーピングに手を染めていたらしい。本人は否定しているが、精巣腫瘍(脳転移も引き起こした)に罹患する前にも、ドーピングをしていたという証言もある。

 

自転車競技の本場であったヨーロッパでは、かなり以前からドーピングが蔓延していた。1997年当時、ランスやタイラーが所属していたチーム、USポスタルはヨーロッパではまだ弱小チームであり、強豪ぞろいのヨーロッパ勢と太刀打ちするにはドーピングが不可欠であるという認識に至る。特にツール・ド・フランスのような長丁場のレースをドーピング無しで勝ち抜くことはできなかった。それはUSポスタルだけでなく、他のチームも含めて当時の共通認識だった。

 

そして、最初はUSポスタルの責任者が主導するかたちで、チームの中でもトップのランス、彼をサポートする2番手3番手の選手にドーピングが開始されるが、1999年のUSポスタルの最初の優勝後、ドーピングはさらに巧妙になっていく。

 

 

がんから生還した男として

 

 一九九八年のシーズン、ポスタルにランスが加入すると耳にしたとき、僕は興奮と不安を覚えた。ある意味、移籍は当然だと言えた。ポスタルはアメリカ最高のチームであり、ランスは‐‐‐‐少なくとも癌になる前は‐‐‐‐アメリカ最高の選手だったからだ。ランスが過酷な手術と化学治療に耐え、一年二ヵ月にわたり、カムバックに向けて必死のリハビリを続けてきたという噂は聞いていた。(中略)でも一番の疑問は、”ランスは、まだランスなのか?”だった。癌はランスの能力や、性格も変えてしまったのではないかのか?その答えは、カリフォルニアでの強化合宿の初日にはっきりと示された。「ファックユー!俺についてきてみろ!」叫び声をあげたランスが、僕たちを引き離した。(中略)「お前らはその程度か?」追いついた僕たちをランスが挑発した。「こっちは癌で弱ってるんだぞ!情けない奴らめ!」

「シークレット・レース」118p 119p

 

「シークレット・レース」でタイラーも書いているが、ランスは、がんから生還した男として、ツール・ド・フランスに勝たねばならない、という思いが強かったようだ。勝つことでさらに獲得できるであろう経済的自由(ランスはがんに罹患する以前から選手として経済的にはすでに恵まれていたが、ツール・ド・フランスでの勝利により、多くのスポンサーを得てさらに莫大な資産を形成した)と、名声はどうしても手に入れたいものだったと思う。

 

 

闇から光を渇望して。

 

がんから生還したランスは、より強度なトレーニングと恒常的で巧妙なドーピング、経済力によってすべてを支配しようとするが、USポスタルのチームメイトであり、サポートする役目であったタイラーの選手としての台頭を快く思わず、彼をUSポスタルから追い出す。追い出されたタイラーはCSCティスカリへ移籍する。

 

結局、この決別は10年ののち、最終的にランスの首をジワジワと締め上げていくことの端緒となるのだから、人生はわからない。

 

がんから生還することは、寛かいすることだけでなく、社会的な生還、自分はまだ生きていて、十分に戦えるのだという証明が欲しかったのだ。過激で、間違ったやり方にせよ。

 

自分が回復したこと、そしてまだ社会で十分に頑張れることを示したい。その闇が深いほど、激烈に光を求めてしまう。やり方は絶対間違っていたけれど、このランスの気持ちは痛いほどわかるのだ。私も、がんとの戦いは終わらないように、今度はもう一度生活を立て直すために戦っているから。戦いに勝ったというカタルシスがほしいのだ。

 

こんなサイコパスのような男の気持ちがわかるというのも変だが。

 

ジャパンフォーリブストロング

 

僕は、癌は死の一つの形ではない、と確信をもって言える。それは生きることの一部なのだ。寛解の時期にあったある午後、癌は戻ってくるだろうか、とぼんやり考えていたとき、僕は癌(CANCER)の頭文字で標語を作ってみた。勇気(courage)、心構え(attitude)、あきらめない(Never give up)、治癒は可能(curability)、知識を深める(enlightenment)、仲間の患者を忘れない(remembrance of my fellow patients)。

(中略)

 僕はいつまでも癌で学んだことを忘れないし、僕は癌コミュニティのメンバーだと思っている。僕は癌以前よりもっと良い生き方をする責任があると思っているし、この病気と闘っている仲間の人たちを助けたいと思っている。体験を分ちあうのだ。「あなたは癌です」と言われ、「どうしよう、私は死ぬんだ」と思ったことのある人は、このコミュニティのメンバーだ。いったん入会したら永久会員だ。

「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」p433~p435

 

このランスの言葉には本当に打たれた。何度この箇所を読んでも、胸にぐっとくるものがある。きっとこれもランスの一部なのだと思いたい。同じがんコミュニティのメンバーとして信じたい気持ちもある。

 

ランスのことはは置いておいても、リブストロングの活動は素晴らしい。日本での活動は、ジャパンフォーリブストロングが担っている。国内の主要ながんイベントやシンポジウムにも参加、活発に活動している。日本でのリブストロングの仲間は本当に温かくて頼もしい。 Japan for LIVESTRONG

 

手段を択ばなかったランスのようにはできないが、いま日常を取り戻していきたいし、がんサバイバーとして、仲間とできることを為していきたい。カタルシスがほしいなんて言ってたことも忘れるくらい、普通の日々を過ごしたい。

 

私もいつもこのイエローバンド、付けている。

 

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく (講談社文庫)
 

 

 

 

 

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