今日は妹の命日だった。
先週末、妹が小学生のころから家族ぐるみでの付き合いがあった、Sちゃん一家が我が家に焼香に来てくださり、妹が小学生だった頃の思い出話をたくさんしてくださった。その思い出話しの中には母もいた。おばさんはお料理上手だったなあとSちゃん。お腹を空かせた妹とSちゃんのために、母がよく食事を作ったそうだ。あっという間に作っちゃうからね！と威勢のいい掛け声のもと、出来上がるまでに1時間以上かかったりして、まだなのー？まだー？と催促してもなかなか食事は出てこなくて、ゲラゲラ笑いながら待っていたの。小学生の女の子ふたりが笑い転げるさまと、懸命に食事を作る母の姿を思い出し、そんな他愛のない日常があったことを懐かしく、温かく偲んだ。辛いことばかり思い出して書いてしまうから、そういう時間があったことを思い出させてくれたことを感謝した。温かい時間だって存在したのだ。
思えば、私も妹もまだ子供の頃、家族として辛い時間も多かったけれど、辛いからこそ、母はなんとか生活を成り立たせようと奮闘できたし、苦労の反面、その生活は心の拠り所というか張合いというか母の心を助けるものだったのだ。そして私や妹が成長し母の手を離れ、子供をひとりで育てるという命題を失ったとき、母自身、そこまで子供と共に生きるということを拠り所としていることを知らなかった。その寂しさを埋めることができずに、無軌道な事業欲になり破綻への道をたどった。
戦後の小津安二郎が、娘の結婚によってひとつの家族の営みが終わり、娘は新しい家族を得て営みを始める、という円環を何度も何度も描いているけれど、確かに、子供の成長によって家族の営みが終わる、って寂しいことだな。
今日は妹の親友Aちゃんが私を誘ってくれて、銀座のルブランにランチを食べに行った。妹は入院してから腸閉塞を起こし、ほとんど食事を摂ることができなかった。少しでも何かを食べると大量に戻してしまう。そのためチューブを入れられ、お腹は空くのに何も食べることができなかった。あー銀座ルブランのバジリコが食べたい。早く退院して食べに行くんだ、と何度となく聞かされていた私とAちゃんは、妹の命日などに、バジリコに行こう！と言って出かける。
銀座ルブランのバジリコは、かなりガーリックのきいたバジルスパゲティである。ほかにも美味しそうなものはたくさんあるのだが、このレストランに行ったらこれをオーダーするほかない。
なぜ銀座ルブランのバジリコかというと、ホイチョイプロダクションの馬場さんの影響である。妹は1990年代後半から2001年頃まで、馬場さんのかばん持ちのような仕事で、ホイチョイプロダクションに在籍していた。「FRAU」の東京コンシェルジュという連載もののリサーチャーを担当していたので、名前もクレジットされていた。
妹にとって、馬場さんは憧れの人だった。息子にも、馬場さんのような教育環境を与えたい、そうやって育てたいと言っていた。私立の幼稚園から、小学校のお受験をして、そのまま大学までエスカレーター式の教育を受けさせるの。アーバンインテリだよ、アーバンインテリ。息子も馬場さんみたいなアーバンインテリになってもらいたいの。アーバンインテリというのは妹の造語で、育ちのよいスマートなお坊ちゃま育ち、大学卒業後、有名商社や大手マスコミなど一流企業で働く、という人を指すそうである。まさに馬場さんである。妹は自分にできる範囲で、それを目指したわけである。
亡くなる年の夏に妹に会ったSちゃんは、やはり妹からお金がなくて困っている、という話を聞いたそうだ。Sちゃんはお姉ちゃんに頼んでみてごらん。とアドバイスしたところ、いくら言っても無理。と答えたそうだ。経済的にショートしていたのは、治療のため仕事を辞め、その中で息子の私立小学校の学費、自分の治療費を捻出しなければならなかったからだ。しかしどんなに困っても息子の学校を辞めさせることはためらった。アーバンインテリにするために。でも私は経済的困窮から助けることはできなかった。私は躊躇していた。少額を渡すことしかしなかった。いまでも後悔しているが、毎度、Aちゃんから、アフターカーニバル、と言われる。ですよね。
命日に妹のもとに来てくれたのはAちゃんだけになった。私に妹の思い出話をしに来てくれるのはAちゃんだけだ。やっぱりさあお姉ちゃん、お墓ならみんな来やすいんですよお。お姉ちゃんに連絡とらないといけないのはハードル高いんですよお。と今日もAちゃんから言われる。ですよね。
早いもので3年経った。いまだに悔やんでいることがたくさんあるが、アフターカーニバルである。
