ジコカイジ

self-disclosure‐‐‐乳がんのこと、仕事のこと、生き方のことを書いていくchisa/千祥のブログ。

年末に訴状が着たという話

2019年年末、年末進行でマキマキで、新年もすぐ通常稼働するとも思えないので、先の先まで入稿しようとしてあちこちで渋滞が勃発し、そもそも何をどう動かしているのか、ふと気を緩めると追い付かない。きっと日本中そうなんだろうなあと思いつつ、ああもうすぐだーーー!と出口が見えそうになってきた12月最終週に、それはやってきた。携帯に見慣れない着信。

 

xxx区役所ですが、と女性の声。私の名前を確認し、こう切り出した。「ソジョウが出ています」。は?は?ソジョウ????私にですか???「いえ、えーとお母さまに」。

 

よく聞くとそれは申立て書というものだそうで、なんでも私のお母さま、転居後数年経っているのに、住民票を移していない状態。困った現在の所有者さんから区役所あてに申立て書が出され、年金やらなんやらをたどり、私のところに連絡が回ってきたということらしい。

 

「とにかくお母さまに一日も早く転居届を出してもらってください」と言われたのだが、本人が区役所に出向くことは不可能。委任状があれば私が代理人として行けるのだけど、母に署名できるのか?それをどうやって?と、クッソ忙しくて仕事も追い切れていない状態のソジョウ問題勃発に腰が砕け落ちるような疲労感。もう勘弁してください。勘弁してくださいよ!

 

小一時間昼寝して気を取り直し、施設に連絡して事情を話すと、委任状への署名をなんとかしてみようと言ってくださるではないか。ハレルヤ。かくして委任状を取り付けるのに数日、手元に届いた委任状を持って、恐る恐る区役所に向かった。

 

明日が仕事納めだからか、窓口はどこもいっぱい。聞けばこれは前哨戦で、仕事納め当日はこんなもんじゃない激混みなんだとか。ようやく私の番号が呼ばれる。怒られたりボコられたりすることを想定していたので、身を小さくして、平身低頭している私にどの職員さんも親切に事情を聞き、対応してくれた。年末の忙しいさなか、半日以上つぶれたけれど、なんとかソジョウ問題はクリアし、無事、転居届は受理された。

 

そもそもなんでこんなに長い間、転入出届けが出ていないのだ?ということが問題だ。気が付いていなかった私も悪いけど、当時は妹がメインに母の身の回りを世話していたので、やってくれてるだろうと思いこんでいた。急遽施設が決まり、病院から施設への送り、かつ母の住んでいた家の処分、そして最も大きな問題はそれがゴミ屋敷であったため、それをどうするかで右往左往していた。

 

妹とふたりで母の部屋に入ったときのあの衝撃。ふたりだけでなんとかするのは絶対に無理だと悟り、業者に来てもらうことに。業者さんは社員のリーダー格以下、アルバイト10名ほどでやってきて、家の中のものを一度全部外に出して、見分けをさせてくれる。要るもの要らないものを寄りわけろと言うのだが、想像を絶する量の物が小さな家から出てくる。まだ?まだ?まだあるの???というほど、路上はモノであふれかえった。ゴミだらけの部屋に踏み入ったときの衝撃よりも、運び出され続けるモノの量の多さのほうが衝撃だった。大切なもの、貴重品があることを想定し、ていねいに、ひとつひとつ見た。しかし出てくるモノはすべて、生活消耗品のたぐい。貴重品は一切なかった。いま、妹めー!と思いつつ、あのゴミ屋敷をなんとか片付けて、母を施設に入居させることができたという安堵感でいっぱいになってしまったのだと思う。私も妹も。

 

転居届は出したはいいが、近日中にまた委任状を取り付けて(施設のスタッフの皆さま有難う!)今度は転入届を出しに行かねばならぬ。文句も言わずに老親の面倒を見ている世の人々とわが身を比べると恥ずかしい。私の心にはいつも母という存在への抵抗がある。

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