ジコカイジ

self-disclosure‐‐‐乳がんのこと、仕事のこと、生き方のことを書いていくchisa/千祥のブログ。

同病相憐れんだり、励ましあったり、勇気が湧いてきたり。「GANNOMI(がんのみ)」に参加してきた。

「語り合おうぜ!GANNOMI(がんのみ)」第1回目に参加してきた。

がんサバイバーもそうじゃない人も集まって飲む会が開かれると、Facebookで知り、「語り合おうぜ!GANNOMI(がんのみ)」に参加してきた。集まったのは、がんサバイバーとその支援者40人以上。貸し切りのパーティルームがいっぱいになる盛況だった。

 

まず席に着き、ピッチャーのビールをお互いにつぎ合って、自己紹介。私の席の隣に座ったのは男性のNさん。40代とは思えない若々しい方だった。私は千祥ですー2回乳がんやってまーすと自己紹介。Nさんは精巣腫瘍、36歳のとき精巣がんになり、抗がん剤治療のために3か月間入院したそうだ。3か月間!乳がんの抗がん剤治療は、いまや通院でするのがほとんどなので驚くと、精巣がんに用いられる抗がん剤は強力なため、入院がマストなのだそうだ。お互いに、どんな治療を、どんな風にしたのかを話し合う。抗がん剤治療をひとつとっても、がんの種類によって、まったく違うのだ。

 

その他、私と同じ乳がんの方たちや、スキルス胃がん、咽頭がん、などなど、本当にバラエティに富んだがんの人たちが集まって、自分の病気のこと、仕事のこと、死生観について話した。

 

違う生活、違う人生。なにひとつ同じことはことない。ただここにいるほとんど全員ががんサバイバーであることだけが共通項。でも、それだけで分かちあえるというか、もう随分前から友達のように話せる。がんであることの様々な困難を乗り越えてきた仲間だね、と。同病相憐れんでるだけじゃない。励ましあったり、なんとかやっているサバイバーと過ごしているだけで、勇気が湧いてくるのだ。

 

そして、やっぱり私は、がんじゃない人にがんサバイバーの思いを伝えたい。将来の希望を描けない孤独を知ってほしい。

 

とてもいい会だった。私もキャンサー・サバイバー・ネクスト・ドアの活動がんばる。自分ひとりでもできる範囲の活動から継続してやっていこうと決意新た。

 

https://www.facebook.com/events/2250553178495471/

病める時も健やかなる時も、何を生きがいとしていくのか考えている。

いま。まあ、不足ない。

ずっと仕事のことで悩んでいた。フリーランスで、がん患者で、仕事がほとんどなかったのだった。治療中でも仕事がしたい。社会の一員でありたい。そういう思いが人より強かったと思う。見苦しいほど、わーわー言っていたのは自覚がある。本当に見苦しい。

 

治療中にも仕事がしたいとわーわー大騒ぎしていた私に、どうしてそんなに仕事したいのかわからない、と友人に言われたことを思い出す。言われたときは、なんてひどいことを言うのだ。がん患者の孤独がわからないのか。と、憤っていた。でもあの時の私の、仕事がしたい!なにかさせろ!(意訳)という騒ぎっぷりがすさまじかったので、友人も思わずそう言ってしまったのだろう。

人生は、短いスパンで語る生活で成り立つ。

友人が思わずそう言ってしまうのもわかる。人生は仕事だけじゃないのだ。どう考えても仕事だけで成立するものではないのだ。人生という長いスパンで語られるものは、生活という短いスパンで語られる、小説でいえば<節>ともいうべきものの連続があって、それは仕事だけでは到底成り立たない。

 

些末なことの積み重ねが<節>であって、そういう細部に渡ることこそが、生活の、人生の、質を高める。共に歩むパートナーがいるか、住環境はどうか、趣味の有無、経済状態など、すべてがパーフェクトでなくても、そこに自分の生活を立脚していけるかどうかは、自分の在り方を左右するものだからだ。

 

病める時の私の生活は、そんなに悪いものではなかった。経済的な不安定さはあっても、心地よく過ごさせようと考えてくれる家族も、友人もいた。でも私の目はいつも外を向いていた。孤立してはいなかったが、孤独だった。

仕事は、手っ取り早い<生きがい>。

いま、仕事があることに心の安寧を得ている私は、結局、自分がまだよくわかっていないのだ。仕事は手っ取り早く、満足を与えてくれる。私の作ったものが世の中に出ていき、人の目に触れる。仕事によって経済的にも支えてもらえる。精神的・経済的な私への<報酬>が明確にあるのが、私の仕事だ。自己満足とも言うが。

 

だからこそ、仕事以外に、私を満たすものを見つけなければ。仕事という、わかりやすい<報酬>を与えてくれるものに代わるものを…と思いつつ、脳が要求する<報酬>という快感にいつまで振り回されるのだ、と自分にあきれる自分もいる。

 

どこに軸足を置いて生きるのかによって、病める時、そして死に面したときの在り方をも左右すると思う。それは、治療中の私に突き付けられた課題だったのだが、クリアすることはできなかった。

 

と思いつつ、仕事しーよっと。

 

 

 

がんサバイバーの私だって両手に包丁持ってしまったかもしれない。

死にたいなら、一人で勝手に死ねばいい、とは思うものの。

登戸で小学生と、見送りに来ていた父兄が亡くなった事件で、今日のワイドショーも持ちきりである。現場となったコンビニの横にはうず高く献花や飲みもの、お菓子などが置かれ、お祈りに訪れる人をカメラが取り囲む。

 

犯人はすぐ自死。彼の自宅に捜査が入ったようだが、携帯もPCも所持していないようだと聞き、驚く。働いていたとい話も聞こえてこないし、ここまで社会と隔絶して生きてきた人も珍しい。

 

どうやらこの小学校にいわれのない恨みをもっていたらしいことは伝えられてきた。逆恨みというか、巻き添えとなったお二人が気の毒でならない。そして、簡単に自死するくらいなら、なぜこんなことを巻き起こしたのか。死ぬなら一人で死ねばよいではないか、とつい思ってしまう。

包丁を両手に握りしめるまでの時間は遠いけれど。

犯人の男性がどのような人生をたどったのかはまだよくわかっていない。気の毒な身の上だったようだが、それだけがこの凶行につながったとも思えない。

 

しかし、社会と隔絶してきてことは事実だ。本人の努力が足りなかったのか、環境のせいか、そのどちらもか、PCも携帯ももたず、仕事もせず、とにかく彼は社会から隔絶して生きていた。

 

最初は自分のふがいなさを責めたかもしれない。そのうちそのふがいなさを社会に転換していったのかもしれない。包丁を両手に握りしめるまでの時間の流れ、その間の心の流れはわからない。PCも携帯ももたない彼の心がどのようだったか、今となっては判明するのは難しいように思う。

私だって包丁握りしめてしまったかもしれないと思う。

3月から定期的な収入を得られる仕事をしている。毎日出社しなくてもよいので、体調の管理もなんとかなっているのが有難い。そして忙しい。忙し過ぎて追いつけない…と身がひるむこともある。作業しなければいけないのに寝込んでしまったり、休日を一日中横になって過ごすこともある。でも、全然苦になっていない。なんとかキャッチアップできている。そしてそれが私の心に大きな変化を与えている。忙しさとは裏腹に、心の中が静かだ。驚くようなこと、かちんと来ることももちろんある。でも以前のように心が波立たない。怒っているようで、心の芯が怒っていない。

 

居場所がある。そして役割がある。私は社会的な認知を求めているんだなあとつくづく思う。行く場所があり、やることがある。そしてそれによって得る収入がある。なんて幸せなのだろうか。ばかげているかもしれないが、本当にそう思う。

 

がん治療をしている最中も細々とだが仕事はしていた。でも何か月も仕事がないときが続いた。治療の最中だったし、体力的に厳しいときもあったから、仕事どころではなかったタイミングもあった。でも私はライターなので、自宅でできることは結構あると思っていたから、なんでもいい、何か仕事がほしかった。でもそんな都合のいい仕事はこなかった。営業をしたり、色々な人に働きかけたりしたものの、芳しい成果はなかった。

 

大げさに聞こえるかもしれないが、私は100円でいいから稼ぎたかった。企画書を書いて。コピーを取って。テープ起こしして。どんな仕事でもよい。家で、私のスキルを使ってできることならなんでもよかったのに、なんでもやりますと言っているのに、仕事がなかった。

 

そういう時期の私のいじけ方はすさまじかったと思う。気晴らしに遊びにおいでと言ってくれた友人に、もうずっと気晴らししているの!私がしたいのは気晴らしじゃないの!仕事がしたい!と言い放ったことを私は覚えている。私という人間の浅ましさ。

 

どんなに声を大にして叫んでも、どこからも返事がない。そういう優しさ、気遣いをしてくれる友人にそんなことを言ってしまうほど、私はひねくれ、ねじれ、悶えていた。あの時間がまだ続いていたら。最初は周囲への恨み、そしてそのうち、社会への恨みに転化していったかもしれない。

結局、運かもしれないが。

私はいま仕事を得ているが、それは私の努力とは一切関係ない。私の営業活動、努力、そんなものは全く役立っていない。ただ、忙しいからおいで、と言ってくれた人が一人いたのだ。私の努力はなんの関係もない。そういう人がいてくれたという運。運に載せられて今日がある。

 

あの、心がねじれてジタバタ日々はいったいなんだったのだろう。正直、その時の営業活動はまったく実を結んでいない。ただ、私を思い出してくれた人がいた。それだけだったのだ。

 

両手に包丁を持ち、人を、自分を殺めてしまう人と私の何が違うのだろうか。大して変わらない。でも思う。思い出してくれる人がいる。役割を、居場所がある。それだけで、結構普通に生きられている。だからこそ、伝えたいと思う。闘病中の孤独や、日常を取り戻す難しさを。それを乗り越えたいと思っているサバイバーがたくさんいることを。私は本当に運がよかった。

 

孤独とヒマと無関心は人を殺す。

 

 

 

 

「白い巨塔」には緩和ケアがなかった

岡田版「白い巨塔」をチラ見。

そもそも「白い巨塔」といえば田宮二郎だ。絶対だ。

 

田宮二郎の「白い巨塔」は映画版とTV版があり、田宮は財前五郎を2度演じている。映画版もダークでよい。ちなみに映画ではケイ子は小川真由美が演じているのだが、これがTV版の太地喜和子に負けず劣らずよい。

 

岡田くんが田宮二郎を凌駕するとは思えず、五夜連続と言われても困るなあ、ということで見る気はさらさらなかったのだが、財前五郎の転落の様子が描かれるだろう、最終夜の放送だけ、ちょっと見てみた。

 

財前五郎、すい臓がんステージ4ですって。あら。難しいがんだよなあ。手術したけれど手の施しようがなく、閉じちゃう。

浪速大学病院には緩和ケアがないらしい。

岡田/財前はなすすべもなく、亡くなるまで七転八倒の苦しみ方であった。そりゃあもうすさまじい苦しみ方なのだ。

 

すい臓がんの終わり方とは、あんなようなのか? そりゃ何もせずほっとけばああかもしれないが、もっと痛みを取るケアできるのでは?そもそも浪速大学には緩和ケアがないのか?緩和ケア医はいないのか?ーーーいなかったんだろうなあ。

 

財前五郎教授の死後、緩和ケアの重要性が認識されて、浪速大学医学部病院に緩和ケア病棟ができました、って後日談があるのかもしれないが。

 

「緩和ケア」といえば、妹のことを思い出す。

妹があと1か月です、と宣告されてからも、その苦しみ方は凄まじかったが、それでもなんとか工夫をして、痛みを取るようには病院も頑張ってくれていた。しかし、「最期まで居てくれていいんですよ、でも緩和ケアの病院を探してください、緩和ケアに移っていただくのも考えてください。もしくはご自宅に戻って在宅ケアを受けるのも可能ですよ」と、2日1度、病棟の担当医が言う。本当にきっかり2日に1度言う。オウムのように言う。

 

(いやいや。こんなに苦しんでる人を動かしてもいいの?平気?そもそも、こんなになるまで腰椎穿刺せず、髄膜炎です余命1ヶ月です、ってシラっというあなたたちが最期まで責任もって見なさいよ)、っていうのは私の心の声。だからはいわかりました、といいお返事しておいて、私は妹を動かす気はさらさらなかった。なかったんですよ、T先生、M先生。

 

緩和ケアに移行する時期が遅すぎたように私には思えた。もっと家族や友人と自由に交わり、最期の時間を有意義に過ごすためのものであってほしかった。そういう側面を求めてはいけないのだろうか。静かに、家族だけで過ごす時間がほしかった。

 

しかし現在、緩和ケアはそういう風には機能してはいないようだ。最期を穏やかに過ごすことができる人は、少ない。

 

財前五郎が、因果応報的に苦しんで死ぬのが、あの作品のキモなのかもしれない。でも彼が静かに緩和ケアで過ごし、過去の自分を振り返って内省して命を終える、っていうのも、今後はあってもいいと思う。

 

 

 

 

 

がんサバイバーの老後設計

みんな老後の設計を考えて生きてきたらしい。

先日、相撲見物に誘われた。マス席が取れたからおいでよ、とのこと。誘ってくれた方は、大学院で知り合ったKさん。

 

相撲見物は本当に楽しい。十両の取組みが始まる前は、相撲を風景のひとつにして、飲んだり食べたり、話しをしたりしながら、だらだら過ごす。これが誠に心地よい。十両、幕内と取組みが進むと、会場の空気が変わる。そうなると土俵はもう風景ではない。取組みをみな一心に見つめる。あちこちから歓声があがり、ボルテージがぐんぐん上がってくるあの感覚。とても好きだ。

 

相撲見物のあと、お誘いしてくださったKさん、チケットのお世話をしてくれたYさんたち数名と、お疲れ様会と称した二次会に繰り出す。

 

Kさんは外資系の会社に長くお勤めされたという経歴の持ち主で、リストラに遭ったことをきっかけに大学院に進学。もともと興味のあった相撲について研究、修士を取得され、いまはまたお仕事に戻られた。しかし、なかなか思うような職場に出合えず、悪戦苦闘中だそうだ。ご主人から、とにかく65歳まではふたりで頑張って働こう、と激励され、Kさんご本人ももちろんそのつもりで奮闘されている。

 

65歳まで?65歳になったら年金もらえるから、もう働かないってこと?と聞く。Kさんは65歳になったら、公的年金と私的にかけていた年金保険がおよそ25万円ほど出る計算だそうだ。旦那さんも分も同額支給される予定なので、夫婦で月額50万円も年金が出るらしい。仕事は続けると思うが、悠々自適な生活ができると心待ちにしている。

 

夫婦そろって数年前にリストラされているが、上乗せした退職金ももらっているから、65歳以降の心配はない。65歳までのあと数年、貯蓄にとにかく手を付けずに、生活費を稼いで頑張る、ということなのだ。

 

老後の設計。そこ、そこなんですよ。

 

自分がトシを取ることをもちろん知っていた。ある日突然50歳になったわけではない。ただ、母のことや妹の死、私自身が2度目の乳がんになったこと、仕事がうまくいかなかったことなど、ここ10年くらいは、自分の老後について考える余裕がまったくなかった。

 

でもそれだけじゃなかった。34歳で乳がんになってから、とにかく自分の人生を取り戻すことだけを考えていた。いま、この瞬間のことだけに目を向けていた。

 

まあとにかく、老後のことを考える精神的な、かつ、未来を展望していくという、自分の人生に対しての信頼がなかった。いまだけ、ただそれだけ、という刹那的な視点で自分の人生を見ていた。またがんになるかもしれないと思うと、老後のことを考えて貯蓄するなんて、損をするような、ばからしいような気がしていた。

 

でも先のことなんか、どうなるかわからないから。長生きするという前提で老後のことも考えておかないと、と思う。K先輩ほどの万全を期することはできないかもしれないが、がんサバイバーの老後の設計について、相談したい。専門家に話を聞いてもらい、経済的な不安を少しでも払拭しておきたい。できることをしたいと思った。

 

がんサバイバーのみなさん、老後についてどんな風に考えていますか?

 

生ローヤルゼリーで薄毛対策?!

前髪の伸びが遅い

後頭部の髪の伸びは早いのに、つむじから前頭葉方向の髪の伸びが著しく遅い。なので部分ウイッグを前髪部分にちょこん、と乗せているわけである。

 

www.chisa.online

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部分ウイッグは優秀で、バレッタを髪につける要領でパチンと留めるだけで、いい感じの前髪が出来上がる。朝、メイクして着替えて、ウイッグをパチンと乗せる。それだけですぐ出かけられるのだ。地毛を巻いたり、ドライヤーかけたりなどの手間をかけなくてよいのがこんなにラクとは。

 

なので、前髪の伸びが遅いことに多少ジリジリしてはいたものの、ウイッグをパチンとするだけの抜群の利便性を享受している。

 

生ローヤルゼリーがやってきた

3月、友人から生ローヤルゼリーというものをいただいた。中国とチベットの境に養蜂が盛んなエリアがあり、そこで採れたものなんだとか。中でもそのエリアの生ローヤルゼリーは希少なもので、お値段も張るらしい。

 

届いたときはなんと冷凍。遮光瓶の中に黄色い液体状のものが凍っている。これを冷凍したままでもよし、解凍して冷蔵庫に保存してもよし。1日2回、スプーンのはしに少量すくって飲むのである。

しかし、味が微妙。強烈な酸味とえぐみ?があり、このままでは飲むのは正直、苦痛すぎる。なので、はちみつをかけて飲みこむのがスタンダードらしい。私もはちみつをたっぷりかけて飲んでいる。

 

健康への効果を期待してプレゼントしてくれたのだと思うのだが、そのあたりははっきりとはわからない。ただ、寝つきがよくなったり、熟睡した感覚があったりするのは、飲み始めてからなので、自律神経を整える系の働きはあるのかもしれない。本当は、疲れが取れる!みたいなエナジーチャージ系の働きをかなり期待していたのだが、それはちょっと違ったみたい。

 

生え際に産毛が生えてきた

飲み始めて約2か月経つ。GW直前だったか、前髪をあげて観察してみたら、なんと、生え際に産毛がびっしり生えてきているではないか。前髪にボリュームすら感じる。最近、育毛や発毛を期待して、生ローヤルゼリーを摂っている人も多い、と小耳にはさんだ。もしやそれか???とひとりでホクホクしている。

 

抗がん剤で脱毛したって、治療が終われば生えてくるんだから、と慰められることが多いが、実は治療が終わってもなかなか髪が生えてこなかったり、伸びが遅かったりする人は多い。以前の毛量に戻らず、薄毛で悩んでいる人は結構いるのだ。

 

かくいう私もそのひとりだ。私はもともと毛量が多く、髪の毛も1本1本が太くて丈夫な髪質。しかし、つむじから前髪の伸びは極端に遅かったし、薄さもずっと気になっていた。

 

だから前髪の産毛群を見つけたときのうれしさは半端ない。これが生ローヤルゼリー効果なのか??? 本当のところはわからない。でも飲み始めてから髪が生えてきて、かつ、薄さも回復してきたような気がする。それが結構、うれしい。もう少し生ローヤルゼリーを続けてみる。贈ってくれたKちゃんに感謝!

 

 

がん患者食べ物あるある。

 
ワイドショーで宮本亜門さんの会見を見た。
 
「手術前に転移しないように牛肉などを避けて、食事を変えている」と言っていた。
 
手術前に、肉食べようがケーキ食べようが羊羹丸かじりしようがどんとこい!と思うのだが…。
 
今更牛肉避けたって…ねぇ。
 
がんになるとこれまでの生活習慣全否定!みたいになるのはどうなのか。どこかに原因がある!だからそれを正す!って、がん発生のメカニズムってそんな簡単なものじゃないでしょう?
 
……って毎度思う。
 
デタラメな生活を送っていたら、それは正そうと思うけど、普通に過ごせば良くないか?
 
 
 
 
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