ジコカイジ

self-disclosure‐‐‐乳がんのこと、仕事のこと、生き方のことを書いていくchisa/千祥のブログ。

医師と患者の温度差/負けいくさに興味を持つ人はいない

 
先週のことである。地下鉄の乗り換え通路を歩いていたとき、ある人とすれ違った。私は一目でその人に気づいたが、先方は私に気が付くわけもなく、私はその人の背中を見送った。見送ったのだが本当は、のど元まで、その人の名前を発声する寸前で、なぜか留めた。その人は、妹の主治医だった。
 
主治医は、都内でも有数の病院の腫瘍内科の、そして我々がんサバイバーとの協働も積極的に行われている方で、その温和のお人柄と、熱心な活動で、人気のある方だ。患者にも親身になって寄り添ってくれる方として評判が高い。
 
 
実際、本当にそういう方だった。妹が訪れた時も、たっぷりと時間を取って丁寧に説明してくれた。ビビリの妹は、どの病院、どの先生に治療をお任せするか、逡巡し続けていたが、その穏やかな様子にすっかり安心し、ここで治療をすると腹を決めた。
 
どこへセカンドオピニオンに行っても、芳しい説明をしてくれなかったが、その方は違った。当初とても前向きに治療に取り組んでくれていた。当初は。秋になり、妹がもうあの先生の元では治療しない、もうこのままロキソニンを飲んで家で死ぬ、とまで言い出すまでは。
 
それ以降のことは、ここで何度も書いているので割愛するが、妹が入院し、病状がどんどん進行していく中で、妹は何度も主治医に話を聞きたい、もっとなにか出来ることがないか知りたいと願っていたが、病室に現れたのは、私の知る限り、3回ほどだった。
 
なんというか、その主治医も、若い担当医も、体温の低さを感じさせた。入院し、がん性髄膜炎とわかった段階で、もう、妹に興味を持っていないのだ、と思わせた。そうだったとはいえ、若い担当医を相手に、私は何度も闘った。そのうち、病院内や病院近くのカフェですれ違っても、わざと踵をかえして、無視されたりするようになった。彼らにとって私も妹も、プシコくらいのものだった。
 
主治医はきっと、サバイバーのセミナーなどで拝見するように、良い方なのだと思う。それは違いない。医師というものがそうなのかどうかわからないが、助からない患者を前にしたときに、興味をなくしてしまうようなのだ。負けいくさに最後まで勇む人がいないように、負けが決まったときに襲わせる虚無感の中にいらっしゃったようだ。私も妹も闘っていたけどね。
 
地下鉄で見かけた時、私は声をかけたかった。お久しぶりです、香りの姉です。その節はお世話になりました、と言いたかった。でも、それだけじゃなかった。やっぱり、あの、最期の1か月間の先生の在り方、妹への向き合い方について、私はきっと恨みごとを言ってしまう。だから声をかけなかった。
 
その方を取材した記事に「治らない患者さんの幸せのために」という見出しがついていた。治らなかった妹を前にして、その家族に対して、あの虚無を漂わせた態度はいったい?と思った。恨んでいない。でもやっぱり、あんな最期はないよ。あの最期はひどいよ。言ってももう仕方ないことだとわかっている。恨んでいない。でもまだ割り切れない。
 
 
 
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